昨日の電話のネタからの派生

だいぶ前に読んだ文章で、日本人は公人としての自覚が弱いのではないかと言われていた。
確かに、低い投票率や、政治的無関心などを見ると、公人としての思考、権利の放棄は問題といえるほどのものだろう。
社会には二つの部分があるという話で、一方は制度や合理性による部分コミュニティ。もう一方は義理や人情といったものによる情緒的な部分、コムニタス。前者は主導的で、表向きなものだが、私生活においてはむしろ後者が力をみせることが多い。これらはしばしば対立する。
これら二つは、自覚があるにしろ無いにしろ人の内部にあるし、どちらが優先されるかは社会、というか広い意味でその場の雰囲気が決める。いってしまえば。後者を選んだほうがいろいろ楽なんだろう。
おそらく、前者を優先するという判断ができないということが、いわれるような「公人の自覚」の不足になるのだろう。日本人は前者を重んじようとすれば、その意思は非常に強固なものとなるんだろう。会社とかはそうした判断がなされる場所だ。